2017年1月29日日曜日

コンパクト集中スイッチのその後

勝手に送り付けたコンパクト集中スイッチ、本日取り付けたとのメールを貰いました。


お待たせしました。
取り付けてみました。
結論:
問題なし!クラッチレバー、アジャスタの頭にも緩衝しません。
配線もばっちりで、灯火類OKです。



交換時に起こった問題
1.ウインカー右前が点かない
 ウインカー側の配線の接触不良でした。こちょこちょと配線をいじったらなにげに復活
2.ホーンが鳴らない
 スイッチを押すとじじ、じじじ、と鳴っているので導通は問題ない様子。しかし、本来のびーびー音は鳴らず。ホーン本体のトラブルか?

と、こんな感じです。

ありがとうございました。
この集中スイッチ、小型軽量なので、普通にトライアル車に良いかも知れません。



当たらなかったのね~ 配線もバッチリか~ 良かった良かった。

って!ホーンが鳴らない!ってか?

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「あっ!直流ブザーに交流を入れてもた」

う~ん、原因は推定できたがどうやって直流を入れたのか?以前の配線が思い出せない。

かくなる上はホーンだけ整流しよう。


手持ちのパーツを調べたら1N4002が有りました。ネット検索したら100V1Aらしい。
12Vブザーなのでこれで宜しかろう。


とりゃーっ!


うおりゃーっ!

これでいいのだ。
何処かで山羊が鳴いているが如く、べ~ べ~ とホーンは鳴ることであろう。
良かった良かった。

明日にでもこっそり送りつけよう。


2017年1月28日土曜日

2017年 初ぶらっと・・・

そうなんです。
天気に誘われて、やっとエンジンをかけてみました。


出掛けると言えば小関峠。
少し入ったところには雪が残ってました。
寒いです。

で峠を越えて大津へ


琵琶湖から望む比良山です。


帰ってから思い出しました。

もうすぐ2月だというのに・・・

初詣に行ってない! m(_  _)m


2017年1月24日火曜日

YAMAHA オフロードマニア

2節 DT-1 誕生

ヤマハ発動機初のオフロードモデルとなるDT-1は、1967年10月、当時のヤマハの米国での販売会社、YIC(ヤマハインターナショナルコーポレーション)のディーラーミーティングで初めて披露された。“トレール”という新しいジャンルを提唱したそのスリムで美しいモデルは、日米で空前のオフロードブームを引き起こすこととなった・・・

第2節 DT-1 誕生


米国からのリクエストは細かく非常にハードルの高いものだった。「エンジンは250cc。モトクロスだけでなくトライアル的要素も兼ね備えること。公道でも獣道でも走れるもの」と。タイヤサイズ、タイヤパターン、サスペンション形式やストローク、ホイールベース、シート高、最低地上高など要求は多岐に及んだ。現地スタッフと本社開発スタッフのイメージがなかなかうまくシンクロせず、開発はとんとん拍子に…というわけにはいかなかったが、技術者たちは新しいハードルに挑戦し、乗り越えようという熱意を固めていく。そして、次の三つのポイントを重点的な開発方針に定めた・・・


3節 モノクロスサスペンション誕生の軌跡

その日は、モーターサイクル業界にも、ヤマハ発動機にとっても歴史的な日となった。モトクロス250cc世界選手権フィンランドGP、1973年の8月5日。革新のサスペンションを装着するヤマハファクトリーマシンYZM250を駆るハカン・アンダーソンが両ヒートを制し、自身とヤマハに初の世界チャンピオンをもたらしたのだ。
後に世界のモーターサイクル用サスペンションの基準となる1本型サスペンション、”モノクロスサスペンション”が、その潜在力と可能性を世界に立証した瞬間だった・・・

第3節 モノクロスサスペンション誕生の軌跡


そんな1972年シーズンのある日、契約ライダーのベルソーベンがGPチームを統括していた鈴木年則に呟いた。「面白いマシンがあるので、見に行こう」と。鈴木はベルギーのリエージュ工科大学教授ルシェン ・ティルケンズ博士宅へ向かい、その工房で1本型のショックアブソーバーを目にした。「もしかするとモトクロッサーの性能アップに繋がる可能性があるかもしれない。検証する価値はある」と、欧州のヤマハの拠点Yamaha Motor N.V.と磐田の本社にこの情報を伝えた・・・


YAMAHA オフロードマニア